スポンサーサイト

上記の広告は2週間以上更新のないブログに表示されています。 新しい記事を書くことで広告が消せます。  

投稿者: スポンサー広告 ◆

2009年03月08日

古布で作った 洋服など1000点 八女で作品展

古布や久留米絣(がすり)などを展示した「アラファイブ五人展」が、
八女市本町の旧福島ドレスメーカー跡建物で開かれている。10日まで。入場無料。

同市で古布・古美術品店「招き屋」を営む桁山(けたやま)真由美さん(62)ら
筑後地区の女性5人が企画。古布で作った洋服や小物など約1000点を展示即売している。


=2009/03/08付 西日本新聞朝刊=
西日本新聞


久留米絣ってシブくてカッコイイよなぁ。
太宰府天満宮の参道にあった絣屋さんはまだあるのかな?
中尾彬がたまに買いに来てたけど。
しかし「アラファイブ」ってネーミングセンスどうにかしろよw  


投稿者: ラスタマン ◆ 15:31コメント(0)歴史・文化

2009年03月03日

花びら舞う中、優雅に和歌詠む「曲水の宴」 /太宰府天満宮


平安時代の宮廷行事を再現した「曲水の宴」が1日、福岡県太宰府市の太宰府天満宮で行われた。
紅白の梅の花びらが風に舞う中、参拝客らが優雅な時代絵巻を楽しんだ。

庭園の小さな水路を流れる酒杯が自分の前を通過する間に和歌を詠む貴族の遊び。
この日はミス福岡ら18人が十二単(ひとえ)の姫や僧侶などにふんし、
雅楽の音色に包まれながら和歌をしたため、酒をのみ干した。
昨年4月に真打ち昇進を果たした同県筑紫野市出身の落語家立川生志さん(45)は
「幼き日 手を引く祖母が天神に 思い起こさる今日の梅の香」と詠み、
「ばあちゃんも晴れ姿を喜んでくれているはず」と笑顔を浮かべていた。


読売新聞


曲水の宴は本当に優雅で何百年か昔にタイムスリップしたような気分になるからなぁ。
太宰府天満宮は梅といい菖蒲といい様々な行事といい、本当にいい場所だ。
ご先祖様達が大切に育んできた歴史と文化を受け継ぐ素晴らしい場所‥太宰府シティー。  


投稿者: ラスタマン ◆ 01:07コメント(0)歴史・文化

2009年02月19日

大宰府条坊に役所跡 新たに2棟出土 整備で一時的に使用?


福岡県太宰府市教委は18日、同市朱雀2丁目の西鉄二日市操車場跡で、
奈良時代中期(8世紀半ば)の大きな建物跡2棟が出土したと発表した。
同操車場跡では昨年も広さが今回の倍ほどの建物跡2棟が見つかっており、
市教委は大規模な建物が複数まとまってあることなどから、
これらを古代の役所「官衙(かんが)」跡と断定。
ただ数十年しか使われなかったとみられ、
「大和朝廷の『遠(とお)の朝廷(みかど)』と呼ばれた大宰府を再整備する過程で、
一時的に使われた施設ではないか」としている。

発掘現場の広さは全体で約2.4ヘクタール。
2004年度から調査を始め、昨年8月からの第275次調査で、
南北約6メートル、東西約12メートルの建物が2棟新たに見つかった。
「大宰府政庁」跡から南へ約1キロの地点で、
碁盤の目状に道路が走る都市跡「大宰府条坊」のほぼ中央に当たる。

遺構から見つかった土器などを分析した結果、
市教委は長くても50年ほどしか使われなかった施設と考えている。

大宰府条坊では、役所機能を持つ官衙域と、
役人が住む居住域が御笠川を挟み南北に分かれていたとみられている。
今回の建物跡から20メートルほど西側で昨年4月に見つかった建物跡は居住域にあるが、
大きすぎて用途が分かっていなかった。

同市教委の中島恒次郎主任主査は「地方の安定を図り大宰府を再整備した過程で、
一時的に用いられた施設と推測でき、国の試行錯誤の証し」と話している。

現地説明会は21日午前10時から2時間程度。


画像 : 線で囲んでいる部分が新たに見つかった2棟の大規模な建物跡のうちの1棟


ソース : 西日本新聞
西日本新聞


50年ぐらいしか使われてなかったとはいえ
奈良時代に実際にそこに役所があったなんてロマン満載だな太宰府は‥。
菅原道真は初めて人間で神様になった人だし、
正月の太宰府天満宮の人の多さは異常だし、太宰府スゴすぎだろ。  


投稿者: ラスタマン ◆ 02:26コメント(0)歴史・文化